浪速の詩人工房

もしも私が蛇に生まれていたら


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して兵隊などにならなかっただろう
憲兵が徴兵拒否だと私をつかまえにきても
私は身体をくねくねとくねらしながら
草むらのなか深く逃げ込んでしまっただろう。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
上官からどんなに叱られても殴られても
私は軍事教練など受けなかっただろう
だって私は軍服を着るのが大嫌いで
「不動の姿勢」をとるのが一番苦手だもの。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国大陸へ向かう輸送船になど乗らなかった
だって私は村の小川で泳ぐのは好きだけど
海を越えてよその国へ押し掛けるなんて
大それた気持ちには一度としてなったことがないもの。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は中国軍と戦ったり
中国の領土を占領したりしなかっただろう
だって私はそんなことをしてもなんの得にもならないし
私には気楽に暮らせる小さな野山があれば十分だもの。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国の兵士や民衆を虐殺しなかっただろう
だって私は棍棒で殴られて死ぬことはあっても
異国の人を殺すなんてことは私の性分にあわないから。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は中国人の女性を犯すなんてことは絶対にしなかった
だって私は愛するメスと草むらで出会った時だけしか
欲情しないんだもの
拒まれると私のペニスはすぐ萎えてしまうのだ。


もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国の村落を焼き払ったりしなかっただろう
だって私は野焼きの火すら恐れながら
小心翼々と暮らしているんだもの。


けれども、けれども
私は蛇に生まれてこなかった
私は大日本帝国の男子としてこの世に生まれてきた
天皇の軍隊の一兵卒となるために生まれてきた
そして私は限りなく青大将に近い人間にもなれなかった
私は甲種合格で軍隊に入って猛訓練を受け
日中戦争に従軍しては
中国人に平気で銃剣を突きつけられる男の一人となった。


日中戦争が終わって早くも五十年
でも私は決して忘れはしないだろう
あの時私は断じて蛇ではなかった
また限りなく青大将に近い人間でもなかった
私はまさしく勇敢な帝国陸軍の一兵卒だった
中国人から日本鬼子と恐れられさげすまれた人間だった。

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